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18.06.01Media

雑誌「月刊事業構想6月号」に掲載されました。

【月刊事業構想】2018.6月号に掲載されました。

世界の一流が感嘆するヴィンテージ日本酒

日本の底力は地域にあり

古民家再生から地域産品の開発へと拡大し、今度はワインのように長期熟成できる純米大吟醸の“ヴィンテージ日本酒”で世界を狙う。ベンチャー起業家の郷土愛からスタートした夢の軌跡を追う。

やや腰の張った東洋的な立ち姿。濃紺に透きとおるボトルには、シンプルな和紙をのせた静謐なデザインが印象的だ。岩国・錦帯橋の古材をつかったプレートには、限定1000本のシリアルナンバーが刻まれている。海外富裕層に好評の“ヴィンテージ日本酒”「2016夢雀(むじゃく)」である。ワインのように原料(米)の収穫年を明示し、1年1年寝かせるごとに熟成が進み、極みの味が堪能できる。ドバイのアルマーニホテルでは、1本60万円、香港のマンダリンオリエンタルホテル香港は20万円の値をつけるなど、世界最高峰の日本酒として取引されている。

「夢雀」を世に送り出したのは、山口県のベンチャー企業「ARCHIS(以下、アーキス)」だ。代表取締役社長は、県内・錦町出身の松浦奈津子氏。元商社マンの副社長・原亜紀夫氏とともに二人三脚で、高級日本酒をゼロから作り上げた。

「過疎が進む農村地域の活性化をなんとかしなければと立ち上がったのが始まりです。地元農家のおじいちゃん、おばあちゃんが丹精込めた美味しいお米をもっと内外の人に知って欲しい。私の母校や故郷を絶対に失いたくない。小さな町を元気にしたいという強い気持ちから始めた事業です」と松浦氏。

松浦氏が生まれた岩国市錦町は山口県でも最も標高が高い地域にあり、一級河川の錦川とその支流・宇佐川が町中を流れ、川沿いに人口3千人ほどの小さな町が開けている。松浦氏の実家では「米や野菜などを家でつくる」生活。手を入れるとハッとするほど冷たい緑の清流と田園風景が広がる美しい町だが、深刻なのは過疎化だ。

「私の母校である宇佐川小学校は全校児童が5人、2年生1人、4年生と5年生が2人ずつです」と松浦氏がいうように町には、第一次産業を営む高齢者らが中心だ。それでも、日本が進化とともに失ってきた原風景が今も残る稀少な地だ。

2018.6 事業構想1

古民家再生からスタート

松浦氏が起業したのは結婚後の2011年。古民家を様々な形で活用し、未来の子供たちに残していこうとする事業を始めた。「古民家鑑定士」の資格を習得し、「おんなたちの古民家」を設立。「歴史的、文化的価値のある古民家の良さを世界に発信したい」と様々な視点から地域活性化に取り組んだ。

「古民家があるところは、たいていが高齢化と過疎化に悩む中山間地域で、空き家が多いのです。古民家活用と地域再生は表裏一体。だからこそ自分たちのアイデアで地域に活気をもたらしたかった」と松浦氏は話す。

この一人の女性がはじめた取り組みは、やがて多くの人を巻き込み、協力者を得て行政を動かす。翌2012年には山口市長より、山口市定住サポーターにも任命された。

また古民家を舞台に料理教室やカフェ、ヨガ、音楽イベントなどで町を盛り上げた。山口市阿東の田んぼで、「農家×ファッション×古民家」をキーワードに「田植えフェス」「稲刈りフェス」も開催。人気を博したこのイベントは、報道などを通じて回を重ねるごとに広がりをみせ、地域の恒例行事に。2014年には近隣農家と協力して、地域産品の開発にも乗り出し、山口市阿東の水田で昔ながらの有機栽培・減農薬で収穫する米を「献上田楽米」という銘柄で全国の流通経路にて販売。桐箱入りの田楽米は名だたる産地の米と肩を並べる名品として、東京・日本橋の高島屋などでも評判を呼び、“阿東米”のブランディングに成功したのである。

「当初は地元の人から白い目で見られ「この田んぼは自分たちの代で終わるから荒らさないでくれ」といわれたこともありました。けれど、私達が地域のために額に汗して頑張っていたら、ようやく信頼してもらえるようになりました。農家の人にも認められ、地元の役に立ってきたのが一番うれしいですね」

熟成の旨み香るライスワイン

「田楽米」が軌道に乗り始める頃、松浦氏は次の手として同米の米粉をつかったスイーツ「モチペッコ」を地元の菓子職人とともに発売。さらに米の消費量を増やすにはどうしたらいいのかを模索し続ける。「米の消費量を増やすために液体にし、地域活性化につなげたい」という副社長の原氏のアイデアで、渾身の日本酒づくりがスタートしたという。

「日本酒づくりといっても素人同然ですから、まず酒蔵探しから始めました。副社長の原がヴィンテージ日本酒であれば世界に通用すると考えており、私の実家がある錦町の、江戸明和元年(1764年)に創業された山口で一番古くて小さな蔵元に注目しました。そこの13代目の杜氏である堀江計全氏は、東京農業大学の時代から長期熟成のヴィンテージ日本酒の研究をされており、錦町発の世界に通じる酒をつくりましょうと口説きにいきました」

堀江酒場のある場所は、松浦氏の生まれた集落の中にあり、錦川の渓流の最上流に位置する緑の渓谷に囲まれた別天地だ。松浦氏は堀江酒場で作られている日本酒を口に含むや、感嘆の声をあげた。

奇跡の米を酒米に選択

山口県錦町で生まれたヴィンテージ「夢雀」のこだわりの一つが、「イセヒカリ」と呼ばれる稀少な酒米にある。伊勢神宮の御神田で生育したコシヒカリから突然変異で生まれた幻の品種。「平成元年の大きな台風の際に伊勢神宮の御神田の稲は全部なぎ倒されてしまったのですが、なぜか2本の稲だけが立ち上がってきたのです。それをみた宮司が不思議に思い、懇意にしていた知人が勤める山口県の農業試験場に検査を依頼されました。すると、普通のコシヒカリとはDNAが違い、台風にも打ち勝てるし、害虫にもやられない奇跡的な強い稲だということが分かりました」

堀江氏に、ぜひイセヒカリを酒米として使用してほしいと依頼した副社長である原氏より依頼をしたが、当時は試したことのない酒米を使うことに難色をしめされていたという。「最初はためらわれていたようですが、イセヒカリは奇跡のお米といわれただけあって、どれだけ磨き上げても芯が強くて割れませんでした。それで杜氏もこれまでの構想の中で温めてきた熟成日本酒づくりにチャレンジしてみようと覚悟を決めてくれたのだと思います」

「夢雀」は、伊勢神宮の神田由来の米「イセヒカリ」を「献上田楽米」と同じ昔ながらの有機農法・減農薬で育て、18%まで削って仕込んだダイヤモンドのような純米大吟醸だ。水は、中国山脈の標高の高い山々から湧き出す錦川最上流の上質な硬水を使用。この硬水と麹、酵母の割合が命だ。日本酒は通常なら冷蔵庫で保存して1年以内で飲みきるのが良いとされるが、山口最古の酒蔵から伝え継いだ低温自然発酵・生酛づくりの製法で水の硬度にある変化を加えることによって、長期熟成にむくヴィンテージ日本酒が生まれるのである。

「栓を開けると花のような、あるいはメロンのような甘い香りが立ち上り、酸も豊か。澄んだキレも楽しめる。「夢雀」はフレンチやイタリアンに合う濃厚さがありながら、独特のフルーティーさが特徴」。米づくり、酒づくり、パッケージまでオール山口県産にこだわったという。開発までの道のりを力強く後押ししたのは、県の事業支援だ。県の行政と山口銀行などが共同出資して設立した「女性創業応援やまぐち」が資金面(やまぐち夢づくり産業支援ファンド)などでサポート。そればかりか、「海外に販売活路を開くための細かい相談からマッチング、広報面なども手厚く支援」したのである。

日本の真の底力はローカルにある

「先日は香港の大手ワイン販売会社であるマディソンワインのオープニングパーティーに出席させていただきました。世界中の富裕層が500名近く参加されていて、沢山の高級ワインが振る舞われるなかで、日本酒として唯一、うちの「夢雀」を取り扱っていただき、名だたるゲストの皆さんがおいしい、と諸手をあげて評価してくださいました。香港に持参した1本20万円の日本酒は次々に売れて数時間で完売。香港、中国、マカオ、台湾の独占契約も決まりました。

日本の真の力はローカルにあると思うのです。日本各地に眠っている隠れた産物や素材を発掘し、伝来の職人技法を加えることによって、付加価値のある商品を生みだし、それが郷土山口県の力になればいい。日本の底力は一流ブランドにひけをとらない潜在的な力があります」と松浦氏。

今後のビジョンは、「山口県で作農する年ごとの新米を使った熟成で売るヴィンテージ日本酒をワイン最高峰のロマネ・コンティ―のように磨き上げること」

加えて、山口の人気観光地「角島大橋」のたもとにあるアーキス経営のカフェ「晴ル家」で、地方産品を使ったメニューを紹介し、ユニークなライブや音楽フェスも開催するなど新しいプロジェクトを次々と初めていくのだという。

「長門のイカや下関のフグ、ゴボウ、地鶏など地方名産品の端材を使った冷凍ギョーザ開発の支援事業を本格始動させます。そして、4月20日にオープンした長門市の道の駅「センザキッチン」では、仙崎ラーメン「はれるや」を出店します」

「ローカルにいながらでも世界と密につながり合えるのが、今の時代の良さかもしれないです。しかし、アーキスのチームを世界に通用するレベルに押し上げるには、やはり人材が一番大事です。首都圏と同じだけの報酬をもらいながら、豊かな自然の麓で仕事ができるという成功のケーススタディを、実現していきたいと思います」

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